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福岡地方裁判所 昭和34年(レ)242号 判決

控訴人 真谷富次

被控訴人 黒谷キヌエ

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一万七千六百四十三円及びこれに対する昭和三十四年八月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠関係は次の他はいずれも原判決の当該摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人は

一、控訴人は被控訴人との間に本件電話の賃貸借契約をしたことはない。もつとも、控訴人は昭和三十三年四月頃からしばらくの間、控訴人方において被控訴人の内縁の夫野田藤八と共同事業を経営していたが、被控訴人はその使用に供するために、日本電信電話公社(以下単に公社という)に対しては恰かも被控訴人が控訴人方に転住するもののように虚偽の届出をなした上右電話機を被控訴人方から控訴人方に移転設置し、控訴人は前記事業目的のためにこれを使用したことはある。

二、仮りに控訴人と被控訴人間に本件電話の賃貸借契約がなされたとしても、これは次の理由によつて無効である。

すなわち、公衆電気通信法第二十八条、第四十一条、電信電話営業規則第二百九十五条等に照すと、電話加入権には質権以外の他の権利例えば賃借権等の設定は許されないこと明白である。

のみならず、右法第四十一条第一項によれば加入者が加入電話により他人に通話させるときはその他人の通話により増加する部分に相当する額をこえて対価を受けてはならないと規定されているのに、被控訴人の主張に従えば結局控訴人において使用回数に拘わりなく一ケ月金三千円の賃料の支払を約したことになるから、右法条の趣旨に反するのみならず多分に投機的要素を包含するものであるから公序良俗に反し、いずれの点からも本件賃貸借は無効である。

三、被控訴人が電話官署に対し本件電話料の支払をなしたことは否認する。仮りにこれが支払をなしたとしても、控訴人は被控訴人に対し控訴人のためにこれが立替払を依託したことはなく、被控訴人は本件電話加入者として自らの支払義務を尽したに過ぎない。

と述べ

被控訴人は、予備的に

仮りに、本件賃貸借契約が無効であるとしても、控訴人は基本料金並びに通話料等全額を自己において負担する旨の約定で現実に本件電話を使用したものであるのに、右料金及び延滞金合計一万八千三百十四円を支払わないため、被控訴人は昭和三十四年七月九日止むなく公社に対して前記金額を支払つた。

その結果、被控訴人は同額の損失を受け、控訴人は不当に利得を得た。而も控訴人は悪意の受益者である。

よつて、控訴人に対し前記不当利得返還及びこれに対する支払命令送達の翌日である昭和三十四年八月二十四日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ

立証として、控訴代理人は乙第一号証の一ないし三、第二号証、第三号証を提出し、当審証人真谷マスエ、同国友幸の各証言を援用し、被控訴人は当審証人野田藤八の証言並びに当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙号各証はいずれもその成立を認めると述べた。

理由

一、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、電話局のスタンプ印については成立に争なく従つてその余の部分も真正に成立したものと推定される甲第一号証の一ないし四、原審及び当審における証人野田藤八の証言、並びに当審における被控訴本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人は久留米電話局七一七四番の加入者であつたが、昭和三十三年四月十八日自動車の仲介業を営む控訴人に対し、賃料一ケ月三千円、基本料及び通話料その他公社に対する負担はすべて控訴人において支払う旨の約定で右電話を賃貸し、その設置場所も控訴人方に移転させたこと、控訴人は同年十二月頃当初の一ケ月分の賃料三千円を支払つたのみでその余の支払をしないこと、そこで、被控訴人は数次に亘り右賃料の督促をしたが控訴人がこれに応じないので、被控訴人は昭和三十四年五月初頃控訴人と合意の上本件賃貸借契約を解除し、電話機を控訴人方より撤収して公社に一時預け、同年七月九日止むなく昭和三十四年三月分の基本料金六百円、度数料金千五百四十七円、市外通話料金千四百二十五円、延滞金三十五円、同年四月分度数料金五千六百二十一円、市外通話料金八千七百七十円、託送電報料金二百八十円、延滞金三十六円合計金一万八千三百十四円を公社に支払つた上で同日本件電話加入権を訴外藤川玉子に譲渡したことが認められる。

右認定に反する当審証人真谷マスエの証言は措信できないし、他に前認定を覆すに足る証拠もない。

二、次に加入電話の賃貸借が許されるかどうかについて判断する。

私人間においてなされた電話の賃貸借契約の私法上の効力に関しては法令上何等の明文も存しないが、公衆電気通信法第二十八条、第四十一条電信電話営業規則第二百九十五条の規定並びに成立に争いのない乙第三号証、当審証人国友幸の証言を綜合すると、加入電話の賃貸借はこれをもつて公社に対抗できないけれども、このことはその私法上の効力までをも否定するものではないと解するのが相当である。

蓋し、公衆電気通信法第二十八条は加入電話の電話機設置場所を加入者の住居、営業所その他一定の場所に限定するものであり、また同法第四十一条は加入電話を他人に使用させる場合の対価の徴収について制限するのみで、右法条はいずれも加入者が加入電話を他人に有償で使用せしめること自体を禁止しているものではないこと明らかである。むしろ、右第四十一条は他人にこれを使用させることを前提とするものであることが看取される。

のみならず、前掲証人国友の証言によれば公社が加入電話の賃貸借を認めない主な理由は、現状では予算の都合上電話の設備は郵政大臣の指示する基準に従つてその必要度の高いものから順次設置することとされているところ、加入電話の賃貸借を認めると実際上最も多く電話を利用する者必ずしも右優先基準に合するものに限らないことになり、右基準に副わない結果を生ずること、並びに電話料金の徴収、電話路線の管理上にも不便が伴うことがある等の理由が挙げられるが、単にかかる事由のみならばこれが私法上の効力までをも否定すべき理由とはなし難い。

三、しかしながら、公衆電気通信法第四十一条は強行法規と解せられるから、叙上のように加入電話賃貸借の私法上の効力を認めるとしても、本件電話賃貸借の賃料は右法条の規制を受けて控訴人の使用により増加した部分に相当する額をこえることは許されない。従つて、本件賃貸借契約において、控訴人は被控訴人に対し賃料一ケ月三千円を支払い、かつ基本料金及び通話料等公社に対する負担はすべて控訴人において支払う旨の約定がなされているにも拘わらず被控訴人は控訴人に対し被控訴人が公社に支払つた前記認定の料金及び延滞金のうち、前掲甲第一号証の一、三により控訴人の使用によつて増加したことが明らかな昭和三十四年三月分の度数料金千五百四十七円、市外通話料金千四百二十五円、及び同年四月分の度数料金五千六百二十一円、市外通話料金八千七百七十円、託送電報料金二百八十円合計一万七千六百四十三円を請求しうるに止まり、昭和三十四年三月分の基本料金六百円並びに同年三、四月分の各延滞金合計七十一円は被控訴人においてこれを負担すべきである。

四、控訴人は控訴人が本件電話を使用したのは当時被控訴人の内夫野田藤八との共同事業の用に供するためであつたと抗争し、当審証人真谷マスエ、同野田藤八の各証言中には右主張に添う部分もあるが、右野田証人の他の証言部分並びに当審における被控訴本人尋問の結果によれば本訴請求の原因となつた電話の使用の時期には野田藤八は之を使用しておらず、同人の使用はその以前のみであつて被控訴人の本訴請求中には野田藤八の使用分は含まれていないことが明認できるし、他に右認定を覆すに足る証拠もない。また、控訴人は本件賃貸借契約は控訴人の本件電話使用回数に拘わりなく一ケ月金三千円の賃料を定めたもので公衆電気通信法第四十一条に違反し、かつ投機的要素を包含しているから公序良俗に反して無効であると争うけれども、右賃料の約定部分中賃借人の使用によつて料金の増加した分を超える部分の支払の約定が無効であるとしてもこれがために本件賃貸借契約全体が無効となるいわれはなく、従つて、同契約中前記認定の使用料等の負担に関する約定部分は有効なること明白であるから右主張も理由がない。

五、次に、被控訴人の予備的主張について案ずるに、被控訴人の本訴請求のうち、昭和三十四年三月分の基本料金六百円並びに同年三、四月分の各延滞金合計七十一円はいずれも被控訴人自身においてこれを負担すべきものであること前記説示のとおりであつて、これを不当利得としてその返還を求めることは許されないから被控訴人の右主張は理由がない。

六  よつて、控訴人は被控訴人に対し本件電話の使用料金一万七千六百四十三円及びこれに対する本件支払命令送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十四年八月二十四日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、被控訴人の本訴請求は右限度で正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべく、これと相異する原判決はその限度で失当であつて本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 唐松寛 牧山市治)

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